メディカルジャーニー学術コラム 第2回 検診受診率と正常性バイアス

2022年5月12日

はじめに

 厚生労働省は2021年12月20日開催の「第16 回健康日本21(第二次)推進専門委員会」において令和元年の平均寿命が、男性は81.41年、女性は87.45年に延伸したと公表しました [1]。一方、健康寿命の方は、男性で72.68 年、女性で75.38 年となり、こちらも前回より延伸しましたが、平均寿命と健康寿命の間には約10年のギャップがあります。つまりこのことは、人生のラストステージの10年間は病気との闘いに費やされることを示しています。2019年に厚生労働省が発表した「健康寿命延伸プラン」では、疾病予防・重症化予防・介護予防・認知症予防など、予防医療に重点がおかれた内容となっており、超高齢化社会の到来に向けて、これまで以上に検診の重要性が増しています [2]。
しかしながら国民生活基礎調査による推計値では、がん検診の受診率は年々微増傾向にはありますが、約40%に留まっています [3]。厚生労働省発行の受診率向上施策ハンドブックでは、受診行動には「意識の向上」、「障害の除去」、「きっかけの提供」の3つの要因が重要であるとされています [4]。「意識の向上」とは疾病や検診の意義に対する理解を深めるサポート、「障害の除去」とは費用やアクセスなど受診環境を整えること、「きっかけの提供」とは適切かつタイムリーなメッセージによる個別勧奨などがより具体的な施策となります。3番目の「きっかけの提供」の方法論としては、最近はナッジ理論が注目されています [5]。ナッジとは「ひじで軽く突く」、「そっと後押しする」という意味の英語です。選択の自由を与えながら、金銭的に誘導するわけではなく、行動経済学に基づいて人々に行動変容を促すことがナッジ理論のアプローチ方法です。この理論は既に医療・健康分野、特に「がん検診」で活用されて効果を上げ始めています。ナッジ理論による行動変動のための作用点のひとつとして挙げられている心理傾向に「正常性バイアス」があります。次の章では、この「正常性バイアス」についてお話します。

.